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Farm Arcadia Project

       「ファーム・アルカディア・プロジェクト」

                                                        【社】CHANGE FOR ANIMALS



                   
     


Farm Arcadia Projectは、動物保護団体と啓蒙啓発団体が、殺処分に応じない圏内の畜主達とが協働して、家畜達を生かそうと言う企画で、主体は畜主達になります。
畜主達は各々の家畜を持ち寄り、共同で世話や牧場運営にあたり、保護団体はあくまでも後方支援として協働体勢を取ります。
2012年1月30日。警戒区域内に開設された【Farm Arcadia 】は、世界初・国内初の被曝した動物達の協働牧場です。
川内村で山羊と羊を飼育するAnimal Forest様・浪江町で牛達を飼育する希望の牧場様・富岡町で放れ牛を飼育している松村氏とも連携して参ります。

所在地は福島県双葉郡楢葉町で、後ろに清流が有る静かな所です。
根本牧場様から、牧場と各種の機材や車両を無償で提供して頂き開設しました。
現在40頭近い牛達が保護飼育されています。
次回の公益立入で、次の畜主の牛達20頭近くが入ってくる予定です。
残念ながら、先日まで殺処分に同意していなかった畜主2名が脱落しました。
農水が作った囲い込みの柵は、畑か田んぼの跡地に作られています。
ドロドロの糞尿と雨で汚泥の嵩が増え、子牛の胸近くまで浸かっていました。
雪が降ると牛達にもつもり、かき氷に浸かっている状態でした。
何頭もの牛達、特にいたいけな子牛達が絶命しました。
農水に依って囲い込みされた自分達の牛達が、実に悲惨な状態に置かれているのに耐えかねた農家は、【こんな酷い状態なら、殺処分の方がずっと牛達も楽になれる。】そう思って決意したと言いました。
助けたくても一人では立ち向かえない巨大な敵。農水のやり方は実に姑息です。
必死で持ち堪えてきた畜主達を、殺処分に同意する様仕向けたとしか思えないような、実に残酷な場面が展開されました。
畜主達は断腸の思いで処分に同意したと言います。
日本政府が動物達に行っている事は、動物愛護法に抵触する事は否めません。
つまり国の法律を国自らが犯しているのです。
此の様な事実をいつまでも容認しておくことはできません。
それで民間で有っても国の施策に逆らって、家畜達を救う道を模索しました。
食材として命を捧げてくれてきた家畜達。
被曝したと言う事で彼らは無用のゴミ扱いされ、多くが餓死に追い込まれました。
それが一番経費も手間も係らない方法、だったのかもしれません。
しかしそれは、どのような言い訳をしても、許されざる行為でした。
かろうじて生き延びてきた彼らを、政府関係者は【動く瓦礫】と言い放ちました。
彼らが生きてくれる事を終生経過観察することで、無限の恩恵を与えてくれます。
私達はヒトより短命な彼らが、被曝の実証をしてくれると訴えてきました。
しかし政府は全く無視して、抹殺の指示が強行されています。

現在必要な事
は、それはまだ殺処分に同意しておらず、生かす方策を模索している、100軒の畜産農家が結束する事では無いでしょうか。
震災から1周年の本日3月11日、私達は圏内の畜産農家の皆様にこの呼びかけをさせて頂きます。
1人の力は弱い。でも集まれば大きな力が出せます。
1本の糸は弱くても無数の糸が寄り集まれば、ヒモにも綱にもなれるのです。
心が折れそうになって居るあなた....暗い絶望の中にいるあなた....
是非私達に一度御連絡下さい。お待ちしています。
警戒区域の家畜を守る会:坂本代表を御紹介致します。

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協働牧場開設に向けて:経緯 [2012年01月23日(月)]
本日いわき市に赴いて、楢葉の牧場主N氏と面会。
諸般の事情があり、私達はいったん手を引いた協働牧場構想のお願いをした。
目新しいProjectは無い事、それでも現在まで生き延びて来た家畜達の存命させたい由お伝えした。
目的は?と問い返された。
私達の考え方は変わっていない。

家畜達は通常屠畜され、私達人間の食材としてその命を捧げてくれてきた。
だが、被曝という晴天の霹靂の事態に遭遇。
その命が無価値と判断され、政府に依って全頭殺処分の指示がなされた。
だが、彼らには殺処分より残酷な死が待ち構えていた。
餓死・共食いによる絶命であった・
多くの家畜達が残酷で過酷な環境の中で息絶えた。
商品価値が無くなったからと言って、動物愛護法にもとる餓死は許されるべきではない。
国家は国の法律をねじ曲げて良いはずが無い。
ましてそれでも生き延びた命が有る以上、彼らしかできないことでその生存価値を認めるべきだと思う。
被曝した動物達に生きてもらう事で、経過観察飼育が行える。
しかもこれまでの解剖での実験では無く、生きてもらう事でデーターを与えて貰える。
その為に飼育できる牧場をお借りしたい。
それが目的であると。

これまで以上の目新しい事業計画は無い。資金のゆとりも無い。人手も足りない。
だが、どうしてもこのままにはできない。切羽詰まった思いだけである。
本当に無い無い尽くしの申し出である。
それを確認した上で、N氏は即座に快諾して下さった。
「よし判った。牧場も器具も車も持って居るものは全て、無償で無条件で提供しよう。」
しかも「少ないけれど自分も資金を提供する。俺はもう年だ。背中を押してくれ。俺は逃げないぞ。」と。
正直言って耳を疑った。

実はさかのぼること数ヶ月前、別の家畜の団体がN氏を紹介されて交渉に当たった。
同じように無条件で無償で提供すると言う話だったそうだ。
だが、私達一般人にとって、牧場の業務は門外漢である。
その為にN氏は「自分はもう牧場には関わらないが、1千万でも積んでくれれば、人手も何も全部手配して滞りなく牧場運営ができるようにしてやろう。」と申し出られたと言う。
だが、ボランティア団体の悲しさそんな大金は無い。
そこで件の家畜の団体はN牧場は諦め、これまでの様にあちこち別の牧場捜しに奔走を始めた。
ところが好条件の牧場などはなかなかみつからず、迷走が続いた。
そんな時「警戒区域の家畜を守る会」「警戒区域のペットの飼い主の会」が設立された。
12月日の会合で、動物保護団体も交えての「警戒区域の動物達を救う協働ネットワーク」を構築してはと提案。
席上、自分のウシたちを守ろうとする農家の旁々の声を聞いた。
県のT代表の依頼で、警戒区域内で山羊と羊の飼育を続けているY夫妻・SALAの谷野の3人で再度N氏との再交渉に伺う事になった。
T代表の話に依ればN氏はビジネスマンなので、金銭の話が先行するという事だった。
彼女はそういう交渉が苦手なので、私達に一任するという。
ところがいわき市のN氏のお宅に伺うと、私達の訪問に先立つ事数日前に、既にT代表が訪れていたのだ。
私達が伺う事になったのはT代表の依頼である。
訪問の日時も決定し、私達は事業計画の為資料収集をF氏に依頼し準備した。
にも関わらず私達の訪問以前に、彼女はN氏を訪れて事業計画を伝えて協力を仰いでいたのだ。
しかも私達が用意した事業計画の表層部分も伝えている。
事業計画の資料は、F氏がBCCで協働ネットワークの一員であるT代表にも送付していた。
無論事業計画全部は関知していないし、F氏の資料も熟知してはいなかった。
だが、これでは私達の計画の一部は二番煎じに近く、本来の計画を説明するまでも無く、全くの徒労に過ぎないと考えた。
私達は今回のN牧場誘致も含め、Tが代表を勤める件の団体との協働を断念し、一切手を引くことにした。
従って、その後N氏ともお目にかかることもなかった。

N氏からお電話頂いたのは、12月21日楢葉町の集会のお知らせだった。
彼は「もしかすると家畜の埋設場所が決まったのかもしれない。」という。
家畜の行く末を決める会議なのは理解できる。
協働関係を絶ったとはいえ、T代表にもその由伝えた。
「自分は知らない。なぜSALA にその連絡が入ったのか。」と言われても私達には判らない。
彼女はすぐにN氏と電話で話した。
その結果、「会議の席上、見せ金として200万でも300万でも積まない限り厳しい。」と言われたという。
丁度振り込まれた100万のご寄付が有るので、「200万は厳しいが150万ならできます。」と伝えたそうだ。
仕事を休んで、それを楢葉の会議にでるN氏に届けに行くと言う。
それっきりどうなったかは関知していない。

12月28日T代表から、「12月27日にH牧場のウシたちが殺処分された。」と連絡が来た。
私達が環境省の公益立入で、一斉捕獲に入って居た最終日に遭遇した事件だった。
警察による物々しい封鎖の中で、H牧場の殺処分は行われた。
最後まで牛を守ると頑なに言い続けていたH氏。
国や県が変われば、村が変われば、と望みをつないでいたと聞く。
だが、21日の集会を機に遂に断念したようだ。
「もう、どうにもならない。」殺処分の前日、絶望的にY夫人に話したと言う。
T代表にとっても衝撃的だったようで、延々と話は続いた。
その際、楢葉の集会に150万は届けたのかを聞いた。
だが、N氏は「持参も振り込みもしなくて良い。」と断られたそうだ。
会議の席上農水・県・町から各2~3人が参席し、農水から全頭殺処分の意向に変更が無い由伝えられたという。
予算審議会での吉野・石破両議員の追求も無視されたという事か。
会議には楢葉の畜産農家の90%が参加し、結果としてその9割が殺処分に同意した。
「もう疲れた。牛から解放されたい。」と彼らは言った。
一時帰宅の村民から、「家畜が家を汚染破壊した。」と言う非難がおきていたからだ。
N氏は崖っぷちに一人で立たされた様に感じたという。
これまで富岡町と並んで、村全体が助けようと頑張って来たと思っていた。
だが一緒に歩いて来たと思った仲間たちは、耐えきれずに断念した。
後ろを見たら、一緒だと思っていた仲間達がいなかった。
そう知ったとき、「俺は一人だ。もうダメか。」と感じたと言う。
その後、村から「囲い込みの場として牧場を貸して欲しい。」と依頼された。
村の為と承諾したが、「殺処分の為なら貸さない。」と言う意志は伝えたと言う。

奇しくもそれから1ヶ月後が、今日の面会とお願いになった。
26日に私達は楢葉に牧場の視察に入る事になった。
本当に自分の牛を助けたいと思う牧場主との、協働事業を目標にする。
複数の畜主が自分の家畜を持ち寄る。
シフトを組んで全員の家畜の世話に入る。
シフト以外の日には、収入を得るために何らかの仕事に就いて貰う。
つまり週に1~2日は牧場で家畜を世話し、後の日は生活費の為に他で勤務する。
保険等もそちらで確保して戴く。それが参加・協働の条件でとなる。
人件費や保証などは現在はとてもまかなえない。
保護した動物達の維持費を得て、彼らの永年経過観察飼育を目指すには膨大な資金が必要だ。
私達はその目標遂行に必要な、様々なバックアップと広報・募金活動に勤める。
中学生の頃社会科で、共同牧場と言うのを学んだ諸兄もお有りだろう。
コルフォーズ・ソフォーズという言葉を思いだした。
実際の意味合いは違うかもしれないが、【協働牧場】を目指すつもりだ。
26日はその牧場開設の為の、第1回目の公益立入になる。
衛生管理のモデル牧場と言われ、インフラもスタッフ宿泊室も完備されている。
私達の目標にこれ以上の牧場は無いだろう。

なお、県の団体の方も無事浪江に牧場を見つけたという。
Y氏を中心に提供して下さる所を確保し、タンカンパイプで柵を作り始めた様だ。
これで浪江には既存のM牧場様に加えて保護牧場が増える様だ。
家畜達もようやく少し明るい方向に進み始めら様に思う。
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協働牧場スタート準備・公益立入① [2012年01月26日(月)]
1月26日、朝9時に常磐道広野ICでおりて、集合場所ファミリーマートに到着。
当日はドライバー役を引き受けて下さったO氏・N様・宮城の岡田と共にN氏の車に同乗させて頂いた。
実に穏やかな明るい日差しに溢れた日で、最適な環境は思わず被災を忘れる程だった。

牧場につくとN氏が叫んだ。
「あれ、牛が放されてるぞ!」誰かが掛けがねを外し、中に立ち入った形跡があるという。
柵で作った大きなドアが開け放され、数頭の牛はいるが殆どが離れて牧場外にいた。
「誰だ、こんな事したヤツは!」N氏の声が響く。
早速囲い込みに入る事になった。
悲惨な状態を見続け、撮り続けてきた岡田は、いよいよ助けられると勇んで飛んできた。
O氏と共にN氏について囲い込みを始める。
牛の習性を知り尽くしたN氏は流石に動きが速い。
聞き慣れたN氏の声に反応するN氏の牛に混じって、全然関係ない子達が沢山依ってきている。
一通り囲い込むと、谷野の耳に別の声が聞こえてきた。
N氏に告げると急いで牛舎の裏側に走って行かれた。
Oも岡田も一緒に走る。
道路側にある橋を】見に行く谷野。
その間Nはシャカシャカと写真を撮りまくる。
橋の近くを見に行くと、まもなくOと岡田がウシたちの後ろから走ってくる。
牛は1本のひもで数珠つなぎされて居るかのように、先頭の1頭についてトットコトットコ走ってくる。
古い話で恐縮だが、昔のテレビドラマ【ララミー牧場】【ローハイド】【バークレー牧場】を思いだした。
チョ~ット古すぎてついて来られない諸兄も多いと思うが、懐かしい気分で眺めていた。
ローレンローレンローレン...♫という音楽でも流れて来そうな雰囲気である。
1群が無事囲い込まれホッとしたのもつかの間、又新たな1群が見つかった。
人の声と木その臭いにつられたのだろうか。
離れ牛を無事保護し、柵のドアをしっかりロープで結ぶ。[中断)

Farm Arcadia Project ② [2012年02月06日(月)]
Farm Arcadia Project2回目の公益立入。
N氏の牧場に入るため、広野のファミリーマートに集合した。

Farm Arcadia Project③ [2012年02月19日(日)]
Farm Arcadia Projectの3回目の公益立入。
広野のファミリーマートで集合。
おにぎりや飲み物・お菓子などを購入。
ついでにトイレタイムを済ませ、準備万端。


Farm Arcadia Project④ [2012年02月26日(日)]
Farm Arcadia Projectの4回目の公益立入。いつも通り9時に広野のファミリーマートで集合。
いつも通りトイレを済ませ、いつも通りお弁当・飲み物・お菓子を購入。
いつも通り公益用の登録車両2台に分乗。

FarmArcadia行きの準備 [2012年03月04日(日)]
Farm Arcadia Projectの5回目の公益立入を前に、東京・小金井市の【小舟青果】に行く。
野菜を御支援下さると言う。
昨年は避難所の方にもお配りしたが、今回は牛君達用だ。

白菜・キャベツ・カブ・小松菜・ほうれん草・モヤシ・ブロッコリーの茎・にんじん・カボチャ・サツマイモ・ジャガイモ....干し芋5パック・ミカン4箱も戴いた。これは人間用?
ハイエース1㌧分の野菜はかなり迫力がある。
走行中なだれになる可能性がある。
助手席は良いのだが、後部座席は危険が一杯?
野菜にうまるのは勘弁。と言う訳でドライバーの0君は大変。
更に大変なのは後部シートのMサン。カーブの際は特に要注意。
明日は雨の予報。安全走行で行きましょ!
それにしても誰か雨男いるんじゃないだろか?

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Farm Arcadia Project⑤ [2012年03月05日(月)]
Farm Arcadia Projectの5回目の公益立入。
いつも通りに9時に広野のファミリーマートに集合は いつも通りだが、本日は途中のピックアップが2回入った。
1回目は杉並のF氏。2回目は目白のMさん。
本日の参加者は全部で10名。
Nさんは前日からいわき市泊まり。前日日立泊まりのO君を広野駅でピックアップ。
千葉のF氏は単独で広野に。帰りは猪苗代に寄ると言う。
宮城の岡田は単独で東北道を使用して来る。
牧場主のN氏とトラックを動かすM氏は直行でファミマに。
本日は発注した牧草2㌧が来るので、トラックを出して頂いた。
ところが東北地方は雪で番狂わせが続出!
まず宮城の岡田が,
吹雪で東北道が交通規制であえなく退散。
そして牧草屋さんも退散。
という訳で主目的が消えてしまったのだ。

一方大熊のIさんとファミマで合流し、大熊の牧場に谷野とMさんは入る。
Iさんの牧場に牛達が帰って来ているという。
飼い主の車の音を聞きつけて三々五々集まってくる。
持参したキャベツ・白菜・カボチャ・カブ・にんじんは好物のようだ。
事務所で巨大な哺乳瓶や、出産の時に胎児を引き出すチェーンなどを見せて頂いた。
そして楢葉に戻って作業をと思ったら、何と左の後輪がパンクしているでは無いか。
スペアタイアを捜し、ジャッキアップするIさん。手慣れたモノだ。
ところがタイアが外れない。
時間はどんどん経つが、タイアのねじはびくともしない。
遂に楢葉にかけて応援を依頼。
こんな時は携帯は本当に必要不可欠だ。

待つことしばし。
O氏とF氏が到着!降りしきる雨の中、頑固なタイヤと格闘。
ねじが舐めてしまって入りにくくて外れ易かったのだが、ばかでかいハンマーでレンチをたたき込んだ。
ところが何としても動かない。タイヤが外れないのだ。
ところがF氏がクイッと回すと、アララ簡単に取れてしまったでは無いか!
何とそれまでは逆に回していたのだ。要は締めてしまっていたのだから、外れる訳が無い。
漫画のようなハナシデアル。
と、言う訳でさしものタイヤも、3人の頑張りにカブトを脱いだ。
F氏はニヤリと片眼をつぶって見せ『I'm Super Man!』

ようやく暖房の効いた車に乗って生き返った。
6号腺を行くと、左手の畑が見えた。
ブルーの片屋根があって、タンカンパイプの柵の中に牛達がいた。
道路から1~2メートル下の囲いは、農地なのだろうか。
先日の雪の中でもそれをよける屋根すらない。
近づいて見たら(何しろ谷野は視力障害者で殆ど見えない)、子牛が柵から出てしまっていた。
と、思ったら側には母牛が守るようにいる。
柵の中にはわずかにぬかるんでいない部分が有り、牧草が少しあった。
どうやら親子はその牧草が欲しかったようだ。
子牛の頭は入るが母牛は大きくて入らない。
雨に濡れたままの牛達は、車で走り去る私達をじっと見つめていた。
今でも物言わぬ子達の眼は忘れられない。
車で帰る私達は、言葉が出せないまま黙々と走った。
殺処分用の柵。狭くて自由の動く余地も無い。
最後を此処で迎えさせるのであれば、せめて空腹と渇きは味わわせないで欲しい。
せめて雨露しのげて、乾いた地面で過ごさせて欲しい。
車中の4人の思いは一緒だったと思う。
【Arcadia】につくと、牛達の声が聞えた。
持ってきた野菜を配る。白菜・キャベツ・小松菜・放念層・ブロッコリー・もやし・にんじん・カボチャ・カブ・サツマイモ・ジャガイモ....   
ハイエース1台分の野菜は、東京小金井市の【小舟青果】様から御支援頂いた。
根菜類やカボチャはスコップで細かくして口のそばに持って行く。
殺到されて遂にあちこちに分散した。
手は分厚い舌で舐められてベッタベタ。
牧草を食べ、カボチャを食べ、鉱塩も舐め、水も飲んでゆっくり屋根の方に集まっていった。
さっき見た光景が眼に焼き付いていて、何故?と言う疑問が消えない。

日本という国はどこで道を誤ってしまったのだろう。
自主規制という名目で報道規制がされてきた。
ネット社会でかろうじて断片的な情報が流れてくる。
マスコミとして恥ずかしくないのだろうかと思う。
6号線沿いの柵の話は有名だという。
ネットに疎いので知らなかったが、それ以外にも悲惨な状況が展開している。
食材として私達に恩恵を与えてくれた【家畜】という彼ら。
命を提供してくれてきた彼らに、農水関係者は【動く瓦礫】と表現した。
これが行政の人間が吐いた言葉である。
此の感覚で何事も捉えるなら、老人も病人も等しく瓦礫扱いされる社会になってしまう。

いみじくも我が国の正体を見た感を禁じ得ない。
将来に希望があるのだろうか..... 

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希望の牧場様と打ち合わせ [2012年03月07日(水)]
2011年3月11日の鎮魂の日に備え、希望の牧場:吉沢場長・事務局長針谷様との打ち合わせの場を持った。
吉沢さんが午前10時からの二本松での「畜産農家の会」の会合に参加され、その後渋谷での街頭募金、終了後の会議を終えて参加だったので、打ち合わせは21時半集合、彼の参加は22時と、結構良い時間からになった。
234時前には翌日のNHK朝番組への声の生出演という過密スケジュール。
疲れは見えたものの、超人的な体力・気力に圧倒された。
300頭を超す牛達への強靱な責任感が支えとなって居るのだろう。
だが、顧みて政府や各省庁の責任感のなさには辟易した。
いつまで民間の踏ん張りに甘えているのか。情けない限りである。

さて、3月11日には各種イベントや特番が開催されるので、動物の事は埋もれてしまう可能性が大だ。
【Animal Forest】様の白菊献花の呼びかけも、そんな意味も込めて日本中での鎮魂のイベントを目指すモノだ。
加えて20㎞圏内で、非業の死を迎えた多くの動物達への鎮魂の催しを考えると、被災当日より警戒区域立入禁止の日~家畜全頭殺処分通達までの方が、より現実味があると思われる。
その意味から被災当日では無く、4月22日に立入禁止区域に指定された日こそ、動物達の受難の始まりと捉えようと言う事になった。
実際に動物達を飼育している所を中心にネットワークを組んで、流れをおこしていければと考えている。
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Farm Arcadia Project [2012年03月09日(金)]
5日に到着予定だった牧草が、雪で届かなかった。
本日はそれがつく予定。
晴れて欲しいと思っていたのに、本日も雨....「きっと強烈な雨男がいるに決まってる。」と天をにらむ。
「牧草がつくまでの時間大掃除だ!」と、牧場主の檄が飛ぶ。
全員雨支度しスタッフルームを飛び出す。
水を吸った泥は重たい。
ぬかるんだ通路をBOBCATでこそげて貰いスコップで救う。
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消えた楢葉の牛達① [2012年03月12日(月)]
柵に入っていた牛達が消えた。
楢葉の6号線沿いの柵は本当に酷い状態だった。
近くに元々飼い主の牛舎や牧場がある。
にも関わらず畑にタンカンパイプの柵がある。
足場は悪く、糞尿と雨や雪で泥沼状態。
多くの人達が眼を背けつつ通過する。ネットで騒がれても致し方無い状態だった。


消えた楢葉の牛達② [2012年03月17日(土)]
葉の7カ所有る囲い込みの柵から消えた牛達。
Arcadiaで保護する事になって居たSMさんの牛達も消えていた。
14日に視察した時点で、柵は解体され牛達はいなくなっていた。
ブルーシートがかけられていたのは、5日にみた遺体だった。

バックフォーが巨大な穴を掘り、次々と牛達の埋設が続いたという。
本日現在楢葉で生きて居るのを確認出来たのはたった6頭だそうだ。
明日Arcadiaに入るので、現状の確認をする。
SMさんの牛達はどこに行ったのか。
村では柵の場所がぬかるんで酷い状態で、苦情や抗議が殺到したので解放したという。
牛は自分のすみかに戻る様飼育されてきた。
習性と言っても良いほど戻るらしい。
それを利用して自宅に戻るのを待って、そこに囲い込むという。
そこで殺処分する。埋設は各自の敷地だという。
行政がそんな馬鹿な事をするのだろうか。
あまりにもまどろっこしいし、第一どうにも信じ方計画だ。
だが、村側の説明は繰り返された。
一方農水は、柵から出された事すら確認していないという。
いったい何者が誰にも見られず多数の牛達を移動させられたのだろうか。
誰もいない村。だがパトカーがひっきりなしに回っている。
それに今では除染の車両や作業する人達がいる。
行政の人間や車両なら、何をしていても誰にも疑われない。
どこの誰が何の為にわざわざ囲い込みの柵からだし、移動したのか。

先日ボスに電話が入った。家畜お助け隊のTさんからだった。
「緊急事態です。楢葉の牛が全滅する。」という内容だった。
そこで「Arcadiaの周囲に広々広がっている農地を囲って、Arcadiaとつないで牛を全頭入れて欲しい。」という。
その時点で何か情報がはいっていたのだろうか。
今にして思えば、理由を確認していたら良かったのか。
神ならぬ身の悲しさ、その直後牛達は消えてしまった。
そして本日、彼らが殺処分されたと聞いた。
SMさんの牛達はどこに行ったのだろう。
村に訊いた。相変わらず返事は変わらない。
「所有者が殺処分に同意していないのなら、殺処分はされない。」「確かですか?」
「きっとどこかに隠れてるんだろう。そのうち自分の畜舎に戻るだろう。」

明日新しい情報が入ると思う。又御報告させて頂く。
絶望と淡い期待。その狭間で胸が苦しくなる。
1頭でも良い。何とか無事に生きて居て欲しい....
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Farm Arcadia Project ⑦ [2012年03月14日(水)]
14日。久々に晴天の今回は、Farm Arcadia・楢葉・大熊・富岡・川内の現状視察。
初めてのY氏はスーパー日立で到着。いわき駅でピックアップ。
そのまま広野に向かい、いつもの場所で車を乗り換える。
長靴に履き替え、 Arcadiaに向かう。
無人の圏内は、物々しい検問所と相まって、別次元に来たようだ。
到着すると、バンビの様なすらりとした子牛が、牧草の所に立っていた。
追い込みしたかったのだが、犬より早く飛んで逃げてしまった。
牛舎に入ると、何と此の間片付けて掃除した所に、転々と無数の牛糞がある。
柵は開いていたか確認していない。
裏の方に隙間が有ってそこから入ったらしい。
と言う事は数頭の牛達がご飯につられて入って、出て行ったのかもしれない。
牛達が呼ぶので、急いで彼らにも牧草を運んで食べさせた。
BOBCATで牧草を柵の中に入れると、牛達が寄ってくる。
御自分も畜産農家で羊も飼育されているY氏も、手慣れた手つきで牧草をほぐし、まんべんなく食べられるように牛達に与える。
配合飼料は?と聞かれたのでこれから手配するよし伝える。
圏内の状況がまだよくつかめていないので、詳しく説明させて頂いた。
小高の実情は私達が撮った画像でご存じだが、まだまだ 説明仕切れない。

昼食後まず楢葉の視察から始めた。
初めに今回申し込みされた、松本一さんの畜舎を見に行く。
牛達は14頭確認された。

次に今週末いれる予定の、松本久さんの柵に向かう。
行って驚いた。柵は解体され、牛達は消えていた。
彼は殺処分に同意していない。一瞬脳裏に農水が放した?と思ったが、そんな訳がない。移動したのだろうか。柵は中途半端に解体されている。
ところがネットで酷評されている6号線沿いの柵からも牛達は消えていた。
今回脱落して殺処分に同意した、佐藤さんの柵も解体されていた。
ブルーシートがかけられた遺体は、相変わらず放置されている。
そこで試しにすぐ側の佐藤さんのお宅に行ってみると、牛が4頭入っていた。だが柵が締まっていない。庭の奥でも牛の声が聞こえたので、自宅に戻ったのかもしれない。
それ以外に放れ牛達があちこちに数頭ずついたのだが、当日は目にしていない。
牛達は一斉に消えてしまった。
解体された柵も実に不自然だった。

その後富岡でAnimal Forestの吉田代表と合流。
ダチョウの牧場に向かう。その間実に牧歌的情緒溢れる場面に何度も遭遇。
枯れているとはいえのんびりと佇む牛や、広々した大地に横たわったり草を食む牛達の姿は実にのどかだ。
少しすすむと又沢山の牛達に遭遇。
眼があってしまったからか、悠然と牛達が近づいてくる。
先頭にボスとおぼしき大きな牛が堂々と君臨していた。
ゆっくりとした歩調でこちらをじっと見つめながら来る。
その時福島県警のパトカーが来て止まった。
吉田サンが危険なのでライトを止めるように注意。
だが、若い警官は私達を守ろうとするかの様に、車のサイドと牛の間に立とうとする。
吉田サンが何度もこちらは大丈夫と説明しても、ライトは大丈夫と言って止めない。。後ろの車は牛のプロだと言ってようやく納得してくれた。
だが 赤いパトライトで事故が起きると言っても、牛が反応する事が判っていない。
既に2回も事故が起きてるのに、だ。
牛が突進し2台が大破、もう1回は炎上し牛も死亡したと聞いている。

ようやくパトカーが去ると、又牛達が歩みを進め近づいてきた。
『生きてね。ゴメン、牧草持ってくれば良かったね。』と自然に言葉が出る程穏やかな瞳だった。
ボスがじっと見つめる。
やがてゆっくりきびすを返すと元の広場に戻っていった。
その後から何頭もの牛達がついて去って行った。

吉田サンの案内で次にダチョウ園『シュトラウス』に向かった。
立派な観光施設だったのだろう。だが入り口の立て看板で改めて現実に戻った。
看板は『バッグ』の販売を示唆していた。
恐らく、財布やベルトといった小物類も製造されていたのだろう。
施設の坂を上ると、ダチョウの畜舎が有った。
中には5頭のダチョウが長い足で歩き回っている。
人間が来たので何かくれると思ったのか、一斉に近寄ってくる。
アニマルプラネットの世界だ。
長い首が器用にくねって柵の間から顔を出す。
遠い昔動物園で見たけれど、本体をこんなに間近で見たことが無い。
『でかいなぁ~!』何と全員同じ感想だった。
大きな目・大きな口・長い足・丸い胴体....
気づくと水がない。餌がない。草も無い。糞尿でグジャグジャ。
あちこち探すと大きな倉庫にドッグフードが積んであるのを発見。
下から水があるぞ~と言う声。言ってみると30㌢ほどの川....と言うより水たまり。
それでも無いより良い。
手当たり次第に容器を見つけ、水というか泥水の上澄みをすくって運ぶ。
吉田サンが地面を触っている。よく見ると眼を拭いてきた雑草を摘んでいる。
「もうチョットで春なんですよ。もう少しで春の息吹が助けてくれる。」と。
根こそぎとったら次が生えないと、丁寧にちぎっている。
で、真似して茎からちぎってダチョウのえさ箱に入れる。
2つの首がグニョッと伸びて、器用に口の中に運ぶ。
水は鳥のようにすくって上を向いて飲む。鳥なんだから当たり前と言われた。
確かに。確かに鳥なんだけれど....何となく人間的で。
かれらの畜舎のあちこちに、多数の白骨が散らばっていた。
3.11の追悼で吉田サンが用意して下さった白菊を手向ける。
坂を下りるとそこにも遺骨が。黙祷して白菊を手向ける。
この圏内の至る所に、多くの動物達が眠っている。
無宗教なのに、思わず合掌をしてしまう。

ダチョウ園を後に、川内に向かう。
途中腹部をえぐられて空になった牛の遺体を見た。
カラスたちが格好の餌食にしたという。
そこは先程までの春の風景とは、打って変わった雪景色。
スノータイヤでも結構厳しい。
あちこちに除染作業の車が止まっていて、黒いビニールに詰められた汚泥が積まれている。
社内での話題は除染作業の無駄について。
莫大なひっようをかけて行っている除染作業。
だが樹木の上からの作業では無く、そちらは置いておいての地面のみ。
此の論議は相当続くと思う。
雪に悩まされながらAnimal Forestさんに到着。
地震の爪痕が残り、更に除染で地面がほっくり返されている。
畜舎に入ると、山羊たちがお出迎え。
ご寄付されたという新鮮なカブが大ざる一杯!
山羊たちがわらわら寄ってきて吉田サンから離れない。
ブログに掲載されて居る子ヤギたちは、ぬいぐるみの様に愛らしい。
カブを分けて貰って手に持つと、うれしそうに『下さい!下さい!」とばかりに上を向いて寄ってきてくれる。
隣の羊舎にはもっこモコの羊たちが、一斉にこちらを見る。
『何かくれるんですね♫』と期待に満ちた顔で見る。
フとみると何と足下のえさ箱に、小さなベビー達が丸まって寝ている。
床より暖かくて、囲まれていて、きっと安眠できるのだろう。
ゆりかごのいる子羊たちは絵になっている。
作業が残っているという吉田サンを残し、一路広野に急ぐ。
車から降りて出た台詞。『やっぱりゴム長で良かった!』

車を乗り換え、いわき駅に急ぐ。
スパー日立の出発まで5分しかないが、どうやら間に合った。
そのまま常磐道に乗り、東京へ。
念願のラーメンを食べ、あと少しという時にけたたましい警報が!
地震警報だった。21:04分、震源地は千葉。
改めて昨年の被災を思う。
今も尚東北大地震は終息していない。
私達のささやかなボランティア活動も、実を結んで欲しいと願って居る。


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Farm Arcadia Project ⑧ [2012年03月18日(日)]
本日はHMさんの牛達14頭の受け入れ予定だ。
朝9時に、いつものところで待ち合わせる。
ところが思いもかけず連休渋滞。30分遅れでボスとF氏から電話。
本当に申し訳無かった。
本日は新規参加者のHMさんの牛達の受け入れだ。
だが、作業量の割に参加者が少ない。
ボス・O氏・F氏・Mさん・NTさん(SALA BBSメンバー)・谷野の6名。
牛達の畜主HMさんの参加は不明だが、畜主がいる方が牛達が落ち着く。
それ以外にも牛飼いさん達のお手伝いが有ればと思う。

合流地点でボスの車に乗り換える。タウンエースバンに6人が乗り込む。
ボスはどうやら本日の仕事を、1人でやるつもりだったとNさんから電話が入った。
あれれ??何故そうなったんだろう?
聞いて見て唖然とした。
何とHMさんの牛達14頭は、殺処分されてしまったと言う。
一瞬頭の中が真っ白になった。
何故?何故引く受けることになっていた牛達が殺されたのか?
14日に私達が会った牛達。何故殺されたのか?
再度HMさんに意志確認したボス。
それを受けてすぐに役所に掛け合ったという。
ところが既に殺処分のスケジュールを組んだから、と言う理由で行政は引き渡しを却下。
畜主のHMさんが殺処分同意を撤回申請しなかったからだ。
一緒にやることに安心して忘れてしまったらしい。
何とか助けてやってくれとボスが何度も頼んだが、どうしても許可されなかったという。


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活動の御報告詳細 [2012年03月17日(土)]
御報告が遅れて申し訳ございません。

今回はボランティアのニューフェース2名(O君とF氏)が頑張って下さった。
朝9時いつものファミマで合流。
雨天(本宮と宮城は吹雪)の為牧草ロールの到着は延期。
牧場主(通称:ボス)と私達で畜舎の掃除と受け入れ準備をする事に。
谷野は大熊の I さんの牧場に視察に伺う為、Mさんと(知人)一緒に Iさんの車に同乗。
大熊に向かう6号腺の右手に、ブルーの波板が立てかけられたタンカンパイプの柵が有り、牛達が囲われている。
処分用の柵らしい。
畑か田んぼの様な敷地に柵が作られているため、雨でぬかるみになって居る。
牛達は屋根も囲いも無いところで、泥水に浸かった藁を食べて居た。
牛達が固まって居たのはその部分だけがぬかるみが浅かったためで、皆痩せていて骨盤が浮いている。
子牛と母牛が1組外から餌を求めてうろついていた。
此の子達はまもなく殺処分されるのだろう。
折角生き延びて来ても家屋を荒らすという理由で命を絶たれる。

大熊に着くと I さんの牛達が帰って来ていた。
毎日入るようになったら、離れていた牛達が戻ってくるようになったと言う。
I さんが大きな声で牛達の名前を呼びながら、ネコ(一輪車)に配合飼料を乗せて畜舎に近づく。
牛達は三々五々畜舎に入り、えさ箱に入れられた配合飼料を食べる。
順番が詰まっていると、後ずさりしながらじっと外で待機している。
我がちに電車の空席に殺到する人間達より、よほど品が良く見えるのは私だけ?
Mさんも同感で初めて目にする光景に、カメラの手を忘れる程だった。
人なつこく初対面の私達にも寄ってくる。
事務所の中で巨大なほ乳瓶や、胎児を引っ張り出すチェーンなどを見せて頂いた。
カベには繁殖期などが細かく記載されて居る。
持参した野菜類をお預けして車に戻って愕然!
何と左の後輪が、しゅうしゅうと音を立てて変形して行くでは無いか!
何と言うことだろう、パンクである。
警戒区域内にはJAFもいなければ応援を頼める隣人もいない。
I さんが悪戦苦闘したものの、タイヤが外れない。
格闘すること1時間弱。諦めて楢葉のArcadiaに連絡し、応援を要請。
メインスタッフのO君・新人 F 氏のお二方が急行して下さり、あれれという間にタイヤを交換完了!
I さんがレンチを逆に回していたため、締まって言ったと判明。
F さんが天使に見えた。彼曰く『I'm Superman!』
カタコトというか、はちゃめちゃな英語におつきあい戴き、感謝の念に耐えない。

かくして楢葉に帰り着き、雪の中冷え切った私達2人は、暖かなスタッフルームのこたつで人心地ついた。
ボスの動きは実に軽快で、bobcatに乗って汚泥をこそげながら、よく通る声で檄が飛ぶ。
とても75を迎える老人(?)とは思いがたく、あおられてしまう程だ。
雨の中での作業は結構厳しくて、ゴム長を忘れたのを心底後悔する羽目になった。
出がけに忘れた事に気づいたのだが、時間が気になって飛んで出てしまったのだ。
作業が1段落したので、本日は⑨日に備えて帰る子著になった。
車に乗り込むことになって気づいた。
入るときは私達2人は別行動だったのだが、帰りは一緒だから定員オーバーになってしまった。
もう一度迎えに来るとボスは仰るが、そんな事はお願いできない。
で、トランクルームに目が行った。
結局男性2名が荷物に化けることに。
無事圏外にでられ、それぞれの車に乗り換えた。
本日延期になった牧草ロールの搬入は、今週金曜日の9日になった。
希望の牧場・Animal Forestさんとの会合は7日になったのだが、この日泊まれば良かったと後悔しつつ帰路についた。
途中両国で新人のO君を、椎名町でMさんを下ろして府中のSALA へ。

朝5時半にSALAを出発~広野に9時到着。そして22時半SALA帰着。
それから自宅に戻ったOさん。本当にお疲れ様でした。
9日もどうぞ宜しくお願い致します。ありがとうございました。

追記:大変残念な事ですが、白鳥の湖の近くのSさんは、全頭殺処分を承諾されたそうだ。
泥沼に浸かっていた自分の牛達を見て「アァ、コレなら殺処分の方がましだ。」と思われたとの事。
有る畜産農家が言われた言葉が心に重く沈んでいる。
【農水や県は、自分達農家が音を上げるように仕向けている。牛達の現状に耐えられなくなって、放棄するのを待っているのさ。これが国が執った手段。別にもあるけどね。配合飼料ばかり与えられるとガスがたまって死ぬ。〈餓死させてませんよ〉と言いたいんだろうな。でもそれだと酷く苦しんで死ぬんだ。農水なら知らんわけないべ?】
もし、これが行政が考えた姑息な手段としたら、あまりにも非人道的で許せない。
しかし合点がいく点も多い。
なぜ家畜を元いた牛舎や牧場に戻さないのだろうと疑問に思って来た。
さもなければ集約した広大な農場を作れば良い。
そうすれば人手も浮くだろうし、集中管理も出来るのでは無いだろうか。
行政が考えているのは殺処分。私達一般庶民とは行為点があるのだろうか。

殺処分に同意していなかったSさんとは、これから一緒に活動できればと思っていたので、残念でならない。これ以上同様な脱落者を、ださないで行きたいと心から思う。


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Farm Arcadia Project ⑨異変 [2012年03月20日(水)]
いつもの様に広野のファミマに到着。
ボスの車に乗り換えるやいなや、「おっ、孫娘来たな♫」とボスのうれしそうな声。
獣医大生のNTは前回18日の活動で、すっかりボスのお気に入りになった。
てきぱきよく動き、指示されなくても自分で考えて動くからだ。
これは現代では得がたい人材で、本当にあまりお目にかからない。
日本はダメになる一方で、将来が不安に思える。
参加予定のF氏が前日になって欠席になったので、O君・NT・Mさん・谷野
今回は新しい畜主S氏・N氏の2名が参加する。
車に乗るやいなや、ボスが「柵が開けられて牛達が逃がされちゃったよ」と言う。
「えっ?」と私達は唖然とした。
前回の迎える予定の14頭が殺処分された事もは本当にショックだったが、今回のも更にショックである。
「外にうろついていたヤツは追い込んだんだけどさぁ。後はみえねんだ。」とボス。
「なんで?」「誰が?」と疑問符が飛び交って、頭が回らない。

Arcadiaについて皆放牧場に駆け寄った。
36頭いた牛達は20頭くらいしか見当たらない。
いやにがらんとした放牧場。誰がいてどの子がいなくなったのかも判らない。
柵のタンカンが1本外されていた。
スタッフルームに行くと、入り口のゴミ箱に柵を結んだ筈のロープが突っ込んである。
誰かが故意に柵を開けたのだ。
前回、殺処分を知らされた時も頭の中が真っ白になったが、今回の事件は犯人とその意図が判らない不安が
大きかった。
誰が、何の為に柵を開けたのか?
農水か家畜保健所が耳票違いの牛達を、殺処分のため連れ出したのか?
善意の民間人が【殺される!】と思い込んで解放しようとしたのか。
Arcadiaの活動への妨害工作なのか?
あちこちに類似した事件が無いか問い合わせた。
Arcadiaを貸して欲しいと言ってボスに連絡が来たとき、相手はこう言った。
【緊急事態です!楢葉の牛達が全滅します!】
それはいったい何を意味するのだろう?
楢葉中の牛達を保護して欲しいと言う。
それはいったい誰から守りたいというのだろうか?
行政の殺処分からは、どこに隠しても守れない。
その後の囲い込みの柵の破壊・牛達の消失など、あまりにも不可解な事が相次いだ。
彼女たちは何か知っていたのだろうか?
考えていても拉致があかないので、本人に確認した。
6号線沿いの囲い込み柵の牛達の状態が酷いと聞いたのでと言う。
囲い込み柵は7カ所だと聞いている。
単に1カ所の囲い込みの状態が酷いからと言って、緊急事態・楢葉の牛が全滅という表現をするのだろうか?
7カ所とも良い環境とはいえないし、白鳥の湖前の柵内のひどさは、言語に絶する酷さだった。
牛達は糞尿と汚泥に浸かっていて、歩くこともままならない状態だった。
哀れにも子牛は埋まってしまって身動きできない状態だった。
そこの話ならまだ説明と合致する。
いずれにしても曖昧な返答で、真実はつかめなかった。

何かが起きている。
その何かがつかめないまま、時間が過ぎて行く。
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Farm Arcadia Project ⑨受け入れ-1 [2012年03月20日(水)]
本日のメインの目的を遂行する事にした。
牛舎を整え、通路に無数にある糞を処理する。
前回きれいにしたのに、離れた牛達が内部で闊歩し糞を撒き散らしていった。
時間が無駄に過ぎていく。
逃がされたウシたちの事が頭にのし掛かっている。
だが準備を進めないと、今日迎える牛達が足止めを喰ってしまう。

「行くぞー!」とボスの声が響く。家畜移動車の出動だ。
私達はタウンエースバンでついて行く。
まず、5頭の牛達が待つNさん宅に向かった。
飼い主の声を聞きつけたのか、が一斉に啼く。
丁度そこに農水の車がついた。
ボスが丁寧に事情を説明する。頷きながら農水が耳票を確認。
他の1人が「水、頂いて来ました。ありがとうございます。」と言う。
それを聞いても楢葉で水が出るところは無いようだ。
件の団体OがArcadia牧場に眼をつけたのは正解だった。
電気・ガス・水道の【三種の神器】が使えるのは、本当に貴重なのだ。
ふと隣を見たら【売り地】の看板。900坪もある。
東京にあったらと、思わず考えてしまう。

準備が整って牛達にロープがつけられる。
移動車の後部扉が上から開いて、地面に着くとだんだんが着いたスロープになる。
そこに滑り止めを敷くと、牛がノシノシとゆっくり上がる。
蹄を段にかけ、一歩ずつゆっくりゆっくり上がる。
荷台に着くと横の柵にロープでつなぐ。
矢張り子牛の時から人の手がかかり、検査などで車に乗り慣れている牛は違う。
次の牛の準備にかかる。
どれくらいの年月人と触れていたかに依って、牛達の態度は大きく違う。

慣れている牛達に混じって、耳票がついていない子牛がいた。
3月11日以降か直前に生まれた子牛だという。
何しろ何もついて居ないし、逃げ惑う。
だがそこは手慣れた3人で、実に上手に即製たてごを装着する。
流石に大きな声で騒ぐ。それも完全に怒り声なのだ。
牛にしてみればまさに晴天の霹靂。
「なにするのさ!どこに連れて行くのさ!」「放せぇ~!放せってば!」
わめきたいだけわめき、暴れ狂い、ロープの先につかまっていたO君を引きずり倒した。
「放せ!綱放せ!」と今度はボスの大声が飛ぶ。
暴れていたら、移動車や鉄骨の柱にロープを回してけがしないようによける。
初めてのO君はしっかり手首にロープを回していたのだ。
それは絶対にしてはいけないのだという。
引きずられたときロープが外れなければ、非常に危険なのだ。
「下手すれば殺されるぞ。」と教えられた。習うより慣れろだと。
スロープを上がろうとしない牛を、竹の枝でおしりをパシパシ叩いたり、蹴ったりしながらどうにか追い上げた。「オラ~動け!殺されるぞ!」と檄が飛ぶ。
見ていたMさんは、シャッターも押せないくらいショックだったと言う。
これでは保護と言うより、虐待に見えるとつぶやくMさん。
だがそこに置いていけば、処分されてしまう。
撤回申請が間に合わなかったHMさんの所のように。
何としても耳票がついて居ない子は、親と一緒に保護しなくてはならない。
今回も又、牛飼いの大変さを痛感した。
現代の草食系の男性群では、とてもではないが箸にも棒にもかからない。
ボスはもうじき75才。Sさんも結構な年だ。一番若いNさんだってロマンスグレー(古いなぁ~、きっと若い世代は知らないだろうなぁ)である。
だが動いているときの3人はまさに【牛飼いの男】だった。
しかも最長老のボスの動きの早さには脱帽であった。
36才のO君の倍以上にも関わらず、実に素早い。
危険を察知した子牛が、実に身軽にピョ~ンと柵を跳び越えて牛舎に逃げ込んだのだが、殆ど同時にボスも飛び込み、角をつかんで方向転換させて連れ出したのだ。
かくして暴れたいだけ暴れ、蹴りたいだけ移動車を蹴る子牛は捕縛された。
最後の子は実におとなしかったが、少し前足を痛めているようだった。
その為スロープが上がれない。
前足を折っておしりを持ち上げ、犬がよくやる【Playbow】の様になってしまう。
やっこらさと足を持ち上げ、おしりを2人がかりで押す。
シッポが時々ぶつかる。振らンでよい!と言われても振れてしまうらしい。
ようやく全部で5頭の牛が積み込まれた。ヤレヤレ。
それにしてもすごい!
格闘技真っ青の荒技・怒声・俊敏な動き....圧巻だった。

かくして第一陣がArcadiaに到着。
後ろのドアを再度スロープの様に下ろす。
牛達はまったり、まったり....まさに牛歩である。
のんびりと新しい牛舎に入る。
早速干し草をおいしそうに食べる。
先程捕縛の際にあれほど暴れ狂い、移動車が倒れるかと思うほど蹴りまくっていた子牛も、誰のことですか?とでも言う風に、シラ~ッとした顔で干し草を食べて居る。
新居が気に入ったのかもしれない。
と、思ったらいきなりピョ~ンと高々飛び上がり、柵を越えて通路を挟んで別の牛舎に走り込んでしまった。
O君が奥に回り、柵を開けて追い込んで柵を閉めた。
予定外の柵の補修工事が増えてしまった。
タンカンを追加して高さを上げてクランプで止める。
ところが水を飲もうとしたら、柵の縦の感覚が広くて顔がズボッと出てきた。
慌ててそこもタンカンで補修。
震災の被害はあちこちにあって、これからは補修工事が続く。
営繕が得意な方、是非ボランティアを!

遅い昼食を取り、次の移動の為に英気を養う。
O君は食後の爆睡。寝る子は育つ。
さて、次は白鳥の湖までドライブだ。

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Farm Arcadia Project ⑨受け入れ-2 [2012年03月20日(水)]
本日3月20日、2度目の家畜移動車出動。目的地は白鳥の湖。
Sさん宅の牛達は、白鳥の湖前の一番劣悪な囲い作に入れられていた。

所有権と耳票 [2012年03月21日(木)]
家畜には耳票がつけられている。
鼻紋と耳票の2つで所有者が識別される。
此の耳票の番号に依って所有者を確認し、現在は殺処分に同意かどうかが問い合わされる。
Arcadiaにも耳票が無い牛(昨年3月11日以降か直前に生まれた子牛達)と、ボスの耳票以外の牛達が混在していた。
彼らのウチ、殺処分に同意している畜主の耳票をつけている牛達は、殺処分の対象だ。
例えArcadiaで保護されていても、所有者の権利が優先される。
モノとしての扱いならば、遺失物法は適用されないのだろうか。
耳票が無い場合は可能かもしれない。
又、耳票が無くて母子関係が判らないと、所有者不詳になる。
と言う事は園子牛を処分出来る論拠が不明だ。
万一殺処分したあと、畜主が判明したとして(まず無いと思うが)その畜主が殺処分に同意していなかったらどうなるのだろう。
子牛達のあどけない瞳を見ていたら、何か助ける策が無いものかと考えてしまう。

耳票の無い牛に対し、国レベルでもかんがえているという。

何かしら少しでも良い方向に進んでくれると良いのだが。
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本日消された命 [2012年03月23日(金)]
本日は週末の殺処分が行われた日。
先日会った牛達ももういない。
親子ひっそりと寄り添っていた子達。
一人しょんぼりと佇んでいた、角も生えていない子牛。
母牛はどこに行ったんだろう。
白鳥の湖の囲い込み柵は本当に酷かった。
「家畜保健所と農水は本当に酷い。」と有る畜主はつぶやいた。
もっとマスコミで事実を知らせて欲しいと。
日本のマスコミはどうなっているんだと怒りをぶつけてきた。
政府の無為無策ぶりを叩くこともせず、東電を非難するでも無い。
自主規制という美名に隠れての報道統制は、未だに続いている。
何も知らされず、何も見えない国民は沈静化され、無関心になりつつある。
終息宣言等という茶番が行われ、全て闇から闇に葬ろうと言うのか。
数多くの人々が亡くなり、未だに避難生活を余儀なくされている現実がある。
数え切れない数の動物達が亡くなり、飛散した。
飼い主とはぐれ、あてどなくさまよう動物達。
沢山の無残な遺体を見た。
数多くの家畜達が餓死に追いやられ、かろうじて生き延びて来た彼らに迫る死。
厳しい暑さと渇き、つかの間の豊富な餌。そして厳しい寒さと枯れた大地。
さまよう牛達を追う行政の捕獲隊。
囲い込みの柵に追い込まれ、劣悪な環境で死んでいく命。
生きながらえても安楽殺と言う美名の殺処分。
日本政府は世界にその無能ぶりと、非道さを露呈した。
未だ完全封鎖されぬままの原発。
少なくなったとはいえ、まだまだ犬も猫もいる。
家畜もいる。
一方で最近の報道の一部は、「離れ畜は凶暴なので危険だ、銃殺だ。」と騒ぐ。
だが、私達が会った多くの残された家畜達の大半はおとなしかった。
無論人手を介していない子牛の雄は危険がある。
しかし十把一絡げの論法は戴けない。
残された家畜達の運命を尚更厳しくする様に感じる。
無用な殺処分をやめさせる方法がないのか、毎日が懊悩の日々だ。


牛達が消えた[2012年03月23日(金)]
此の後一斉に柵から牛達が消えた。
数日で400頭を越える牛が殺処分されたと聞く。
私達が会った子達も、既にいない。
日本はいつから此の様な国になったのか。
Arcadiaの牛達を見ていると、本当に胸が痛くなる。
どうして?何故?疑問がふつふつと怒りと共にわいてくる。
小高もひどかった。だが、今回の
やり方の汚さなさに吐き気がする。
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