公明新聞の記事で起こされた。「農水省が殺処分すると言ってます!どういう事ですか!?」SALA宮城のオカダが、顔面蒼白と言った声でかけてきた。26日:公明党の議員3名と、日本獣医師会の矢ヶ崎専務理事が農水省を訪問。田名部農水大臣政務官に、20㌔圏内の家畜への対応改善について申し入れたという記事だ。 以下公明新聞の記事.......................................................................................................................................公明党の東京電力福島第1原子力発電所災害対策本部(斉藤鉄夫本部長)・動物愛護管理推進委員会(高木美智代委員長)・農林水産部会(石田祝稔部会長)は26日、日本獣医師会の矢ヶ崎忠夫専務理事と共に、農水省を訪れ、福島第1原発の半径20キロ圏内に設定されている、警戒区域における家畜への対応改善を申し入れた。 席上、公明側は「大半の家畜は餓死し、遺骸も放置されたまま。生存する家畜も餓死を待つ状態になっている」と指摘。残された家畜を継続飼育することで、学術研究など貴重なデータを集積できるようになると訴え、国の責任のもと(1)移動に必要な実施体制の整備(2)安楽死の迅速化(3)遺骸の埋葬措置―などを推進するよう求めた。 応対した田名部匡代農水大臣政務官は「 一刻も早く安楽死の取り組みを進めていきたい」と述べた。............................................................................................................................................... 23日の石破・24日の玄葉両氏の「生かす方向で、20㌔圏内から緊急避難させる。」というコメントが、25日の【インターペット2011】に於いて、山根会長から発表があり感激していた矢先である。26日の田名部農水大臣の回答に対し、大きなショックを受けている。初めの1と3への回答が、紙面には何も出ていない。2だけに言及した回答なのだから当然だ。なんとか生き残っている牛や豚だけでも助けたい、と必死の私達をあざ笑うかのような回答。1つ目が一番聞きたい回答だ。それを全く無視するかのような農水省の態度。これでは必死の思いで給餌給水をしてきた者は救われない。前日の玄葉特命大臣・石破議員の言葉に本当に救われたのに、急転直下の対応。一体何を考えてこのような発言になるのか。 2つ目の【安楽死】については、現在死に瀕し、苦しんでいる牛達への対応についてだ。だが、此の餓死寸前のままでの処分等求めてはいない。暗い牛舎の中で、汚物にまみれウジに喰われ、苦痛の中での餓死。せめて明るい日差しのもと、一度は汚れた身体を洗い流してやりたい。たっぷりの水とえさ、好物の塩を食べさせてやりたい。其の上で睡眠導入剤を使用した安楽死なら、まだ納得できる。だが、空腹と乾き、汚物にまみれ、生きたままウジに喰われる苦痛の中で、筋弛緩を起こし窒息する洗剤パコマを血管に注入するのは、残酷すぎる。溶血を起こし、筋弛緩を起こすため、呼吸したくても息ができない。苦しくて暴れたくても、身体が動かない。だから苦しんでいない様に見えるだけだ。それを安楽死と言えるだろうか。これは【安楽死】ではなく、【悶絶死】である。回答した田名部氏には、ぜひご自分で体験される事をお勧めする。 彼らは畜産動物として、人間の食材としてしか生きる道がない。所詮、苦痛と恐怖の中で屠殺される。被爆して食肉にならない・乳牛に使えない彼ら。だからといって、餓死・共喰い(豚の場合)と言った状況に、追い込むべきではない。震災が起きて5ヶ月。雑食性の豚達は共食いをし、家屋を荒らすからと殺処分された。草食動物達は為す術もなく餓死して行った。力つきて倒れると、其の巨体故に立つ事ができなくなる。地面にあたった部分が壊死し、そこにハエが産卵し、ウジになる。ウジは腐肉を喰い進み生体を喰い荒らす。 以前保護したラブラドールのまどかも同じだった。たてなくなった身体は、垂れ流し状態の糞便にまみれていた。ハエがたかり、産卵しふ化した。まどかは生きながらウジに喰われて行った。とったウジを中性洗剤につけて殺す。取っても取っても、壊死した所からウジが湧いてきた。腰と言わず、腹部と言わず、顔と言わず、耳と言わず、あちこちから出る。満身創痍とは此の事だった。だが、とれるだけとって洗浄すると、食欲も少し出た。a/d缶や退院サポート缶を口にした。持ちこたえてくれる事を願った。3日間頑張ったが、敗血症を起こし、息を引き取った。ようやく連絡が取れた飼主は大泣きに泣いて、立派な葬式をした。だが、そんな事が一体何になるというのか。牛達をみていて、3年前の事件を思い出した。 膝くらい迄有る糞尿で、ドロドロの池状になった牛舎。うるさいくらい飛び交うハエの群れ。1日に10ガロン飲む、と言われる水は全くない。水道をひねっても水は出てこない。本管が止められているからだ。ポンプが有れば水が出る。20㍑と30㍑のタンクに水を入れる。そこから牛舎迄タンクに入れた水をピストンで運ぶ。1カ所800㍑。気の遠くなるような作業だ。牛達の喜ぶ顔と声に励まされる。干し草ロールを破って、干し草を引っ張りだす。だが、かびているのも多く、第一堅く巻かれていて、手では容易に破れない。栄養失調なので、混合資料も食べさせてやりたい。だが、契約農家にしか販売してくれない。ようやく他県の畜産業の方が、2袋分けて下さった。喜ぶ牛達。せめておなかをいっぱいにしてやりたい。水もたっぷり飲ませてやりたい。柵の外に出られれば、青々とした草が一杯生えている。だが、其のどれもがかなわない。焦燥感と無力感で絶望的になる。柵を壊してだしてやりたい。だが飼育放棄を迫られた築主達は、他人の家屋を損壊しないよう牛舎に残していた。餓死し朽ちて皮だけになった遺体の数々。柵をあけても外に出ない牛達もいた。だが大半は狭い牛舎で、汚物にまみれて死んで行った。せめて殺処分される日迄、自由にさせてやりたかった。 今、生きながらえているコ達、なんとか救いたい。餓死などという地獄から、何としても救わなければ。きっといつか、もう少ししたら....